バーバリーの歴史



イギリスを代表するラグジュアリーファッションブランド「バーバリー(Burberry) 」は、”バーバリーチェック”をはじめとした、英国ならではのアイテムを展開している、日本ではもちろんのこと、世界中で愛されているブランドです。



1856年に創業し、老舗ブランドでもあるバーバリーは、創業から現在に至るまでにイギリスのファッション界に様々な影響を与えてきており、中でも軍人の為にバーバリーが開発したコートは、トレンチコートの前身となったことでも知られています。



そんなバーバリーの波乱万丈の歴史を振り返ってみることで、1世紀半以上もの間、多くの人を魅了し続ける理由が分かるかもしれません。

そこで今回は、創業から現在までのバーバリーの歴史についてご紹介します。

バーバリーの歴史 第一章
バーバリーの創業



1835年、イングランド南東部のサリー州ブロッカム・グリーンで、バーバリーの創業者であるトーマス・バーバリーが誕生します。

成長後は、ブロッカム・グリーン・ヴィレッジ・スクールに通い、卒業後は服飾店で見習い職人として働くようになります。

1856年、バーバリー氏は早くも独立し、イギリスのハンプシャー州ベイジングストークに自身の店を持つようになり、この店こそがバーバリーの第1号店となりました。

このときバーバリー氏は弱冠21歳で、誰よりも強い野心を持っていたからこそ、この若さで独立することができたのかもしれません。

バーバリー氏は、英国のあらゆる天候にも耐えられる、機能性を重視した高品質でデザイン性にも優れた服を次々に生み出し、ブランドの評判はすぐに英国全土に広まるようになります。

創業から14年後の1870年には早くも店舗を拡大し、大規模小売店へ発展を遂げていきます。



1879年、バーバリーが独自に開発した防水布地「ギャバジン」を発表します。



汚れを防ぐために農民が着ていた上着から着想を得て生まれたギャバジンと言う布地は、耐久性の高いエジプト綿で織り上げた生地に防水加工を施した丈夫な素材で、寒さだけでなく雨風からも守ってくれる防護効果も備わっていることから、革新的な素材として世界中で注目を集めるようになり、1888年には特許を取得し、1917年までは、バーバリーが独占して使用することになります。

バーバリーの歴史 第二章
タイロッケンコート



1891年、ロンドンに初進出を果たし、ヘイマーケット30番地に本社兼店舗がオープンしました。

1895年、トレンチコートの前身となる「タイロッケンコート」をボーア戦争でのイギリス人士官用に開発します。

タイロッケンとは、ひもでロックすると言う意味があり、金具が無く、ベルトで留めるコートのことを指しています。

1901年、バーバリーは最初のカタログを発行します。

同時にバーバリーの新しいロゴを決めるコンテストが開催され、最終的に「馬上の騎士」と言うロゴが選ばれます。



このロゴは、ロンドンのウォレス・コレクションに展示されていた13~14世紀の鎧からインスピレーションを得ており、旗に書かれた「PRORSUM」と言う文字は、ラテン語で”前進”と言う意味が込められています。



「馬上の騎士」のロゴは、100年以上経った現在でも様々なアイテムで見ることができます。



1911年、人類で初めて南極点に到達したとされるノルウェーの探検家、ロアルド・アムンゼンが、南極点を目指す際に、バーバリーの防寒具やテントを使用し、世界的に注目を集めます。

バーバリーの歴史 第三章
トレンチコート



1913年、ロンドンの本社兼店舗をヘイマーケット18-22に移転し、店舗のデザインを建築家のウォルター・ケイブが担当しました。

本社は現在もこの場所にあり、店舗はショールームとして使用されています。

1914年、第一次世界大戦の勃発によってバーバリーは、タイロッケンコートに改良を加えた新たなコートを開発します。

手袋やホイッスルを吊るす”エポレット”や、手榴弾の持ち運びに使用された”Dリング”、戦闘中に衝撃から身を守る役目をする”ガンフラップ”、そして雨水が流れ落ちやすく設計された”ストームシールド”など、戦闘時に対応した様々な機能が加わり、後に英国陸海軍から正式に採用されると、大戦時には50万人以上の将兵が着用していたと言われています。

このコートこそがバーバリーのトレンチコートの原型であり、トレンチとは軍隊用語で”塹壕”という意味があります。

また同年、英国人探検家アーネスト・シャクルトン率いる帝国南極横断探検隊がバーバリーの防寒具を採用し、遭難から奇跡の生還を遂げた際にバーバリーギャバジンのコートを着用していたことから多くの反響を集めることになります。

バーバリーの歴史 第四章
バーバリーチェックの登場



1915年、丸善がバーバリーのコートの輸入を開始し、長らくの間、日本での輸入販売は丸善によって展開されました。



1917年、ブランドの創業者であるトーマス・バーバリー氏が引退します。



引退後は、亡くなるまでベイジングストークほど近くの街であるフックで過ごしていたと言われています。



1919年、ジョージ5世からコート・ジャケット部門のロイヤルワラント(英国王室御用達)を授かります。



英国王室御用達を受けると、多くの英国貴族が愛用するようになり、ウィンザー公として有名なエドワード八世は、厚地のコートであるグレート・コートを使用人に着用させていたと言われています。



1924年、ブランドのアイコンとして有名な「バーバリーチェック」を使用したアイテムが初めて登場します。



バーバリーチェックは、カントリー・タータンと言う名のチェック柄をアレンジしたもので公募によって決定したと言われています。

バーバリーチェックが1番最初に採用されたのは、レインウェアの裏地だったと言われ、当初は服の裏地として使用されていました。

バーバリーの歴史 第五章
バーバリーチェックがブームに



1937年、ロンドン-ケープタウンの往復飛行のスポンサーになり、飛行機には「バーバリー号」と命名されます。



飛行を成功させたA.E.クラウストンとベスティ・カーディ・グリーンは、バーバリーの飛行服を着用していました。



1942年、映画「カサブランカ」で、ハンフリー・ボガードがバーバリーのトレンチコートを着用し、世界的にバーバリーの知名度が上昇します。

1955年 イギリスの女王陛下であるエリザベス2世から、ロイヤルワラントを授かります。



1964年、東京オリンピックに出場する英国の選手がバーバリーのトレンチコートを腕にかけていたところ、バーバリーチェックがプリントされた鮮やかな裏地にメディアが注目し、これがきっかけで世界中でバーバリーチェックが大ブームを巻き起こします。

1965年、丸善に続き、三陽商会がバーバリーのコートの輸入販売をスタートします。

1967年に発表されたコレクションにて、これまで裏地として使用されていたバーバリー・チェックが初めて表地に使用されます。

表地に使われた記念すべき最初のアイテムは傘だったと言われ、これを皮切りに様々なアイテムに取り入れられるようになります。

バーバリーの歴史 第六章
ブルーレーベル&ブラックレーベル



1970年、日本のアパレルメーカーの三陽商会が、ライセンス製品の販売・製造の権利を獲得します。



1989年、チャールズ皇太子よりロイヤルワラントを授かります。



英国王室御用達の称号を授かるのは、ジョージ5世、エリザベス2世に次ぐ3人目となります。



1996年、三陽商会によって日本独自のブランド「バーバリー・ブルーレーベル」が立ち上がります。



“オードリー・ヘプバーンやジャクリーヌ・ケネディが今20歳だったら何を選ぶか”と言うコンセプトのブルーレーベルは、若い女性をターゲットに、バーバリーの伝統にトレンド感をプラスしたアイテムが展開されます。



安室奈美恵さんがブルーレーベルのミニスカートを着用したことで人気に火がつき、それ以降、若い女性から多くの支持を得るようになります。



さらに1998年にはブルーレーベルに続く日本独自のブランド「バーバリー・ブラックレーベル」が誕生します。



20代から30代の男性をターゲットにしたブラックレーベルは、”大人世代が着ているブランド”と言うイメージを見事に覆し、若い男性からも熱い支持を得るようになります。

バーバリーの歴史 第七章
ロベルト・メニケッティ



1999年、ロベルト・メニケッティがクリエイティブ・ディレクターに就任し、コレクションラインである「バーバリー・プローサム コレクション」を発表します。

またこの年、ブランド名が「BURBERRY’S」から「BURBERRY」に変更されます。

2000年 銀座に旗艦店をオープンします。

ロンドンの高級ブランド街にあるボンドストリート店に続くグローバルストアとしてオープンし、アパレルからアクセサリー、さらにペット用品まで、様々なアイテムが展開されました。

また同年、子供服ラインが誕生し、「バーバリー・チルドレン」の展開がスタートします。

2002年 クリストファー・ベイリーがデザインディレクターに就任します。

グッチのレディース部門のデザイナーと務めていたベイリー氏は、代名詞であるチェック柄をコレクションから敢えて排除するなど、バーバリーのブランドイメージの再構築を大胆に図りました。

バーバリーの歴史 第八章
メーキャップライン



2002年、バーバリーが、ロンドン証券取引所に上場します。



2004年 東京・原宿の表参道に2番目となる路面店をオープンします。



2007年と2008年には、クリストファー・ベイリーが、英国ファッションアワードで最優秀メンズデザイナーを2年連続で受賞します。



2009年、クリストファー・ベイリーが、チーフ・クリエイティブ・オフィサーに就任します。



同年、表参道店がリニューアルをします。



バーバリーチェックをフィーチャーした斬新な外観が目印の店内には、定番のトレンチコートを始め、プローサム コレクションや、レザーアイテムなど幅広い展開を行っています。

2010年、バーバリーのフレグランスを展開するインターパルファムが、バーバリーのメーキャップラインを発表します。

ファンデーションからアイシャドー、そしてリップスティックなどが展開され、パッケージにはバーバリーチェックが取り入れられました。

バーバリーの歴史 第九章
ライセンス契約の終了



2015年、三陽商会とバーバリーのライセンス契約が終了し、これに伴い「バーバリー・ブルーレーベル」から「ブルーレーベル・クレストブリッジ(BLUE LABEL CRESTBRIDGE)」、「バーバリー・ブラックレーベル」が「ブラックレーベル・クレストブリッジ(BLACK LABEL CRESTBRIDGE)」に変更され、新たなスタートを切ることになります。



2016年、プローサム、ロンドン、ブリットと言ったレーベルが全て「バーバリー」に統合されます。



2018年 リカルド・ティッシがチーフクリエイティブオフィサーに就任します。



ロンドンのセントラル・セント・マーティンズで学び、ジバンシィでクリエイティブ・ディレクターを務めていたティッシ氏は、これまでのバーバリーの伝統にモードやストリートなどの要素を加えたコレクションを展開し、新たな風を吹かせました。

2019年、銀座店が移転し、「バーバリー銀座」としてリニューアルオープンします。



マロニエ通り沿いに出店していた店舗の向かい側に位置する新店舗はフロア面積が3倍になり、外観や店内はトレンチコートをイメージしたベージュとピスタチオカラーで統一されています。


2021年、海外で好評だったビスポークサービスが国内初上陸を果たします。



ヘリテージトレンチコートを自由にカスタマイズしてオーダーすることができ、銀座店ではリージェントストリート店のビスポークルームを再現したディスプレイが登場しました。

まとめ



今回は、バーバリーの歴史についてご紹介してきましたが、いかがでしたでしょうか?



偉大な探検家や英国王室にも認められたバーバリーの品質は確かな物であり、それに加えて”バーバリーチェック”と言う唯一無二のアイコンを持つバーバリーは、今では、日本国内でルイ・ヴィトンに次ぐ海外ファッションブランドの座に君臨しているのも頷けるかもしれませんね。



様々な歴史を積み重ねてきたバーバリーは、これからもイギリスを代表するラグジュアリーブランドとして、世界中の人々を魅了していくことでしょう。

brareslab@admin

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